大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

広島高等裁判所岡山支部 昭和46年(行コ)2号 判決

岡山市弓之町一二五

控訴人

岡山税務署長

久保享

右指定代理人

清水利夫

松田良企

広津義夫

小瀬稔

門阪宗連

中川康徳

同市中島田町二丁目五番五号

被控訴人

株式会社烏城機械製作所

右代表者代表取締役

金光繁夫

右訴訟代理人弁護士

宮本佐文

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一、申立

一、控訴人

原判決を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二、被控訴人

主文同旨。

第二、主張および証拠

当事者双方の事実上の主張および証拠関係は、次に加除、訂正するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

一、原判決四枚目裏二行目の「訟外」を「訴外」と、同六枚目表一行目の「二一三・九五屯」を「二一三・九五一屯」と、同八枚目表二行目の「下村精機」を「下村諸機」と各訂正し、同九枚目表六行目の(1)を削り、同末行の「本件事業年度末」を「本件事業年度期首」と、同九枚目裏一行目の「一九、六三〇、九三〇円」を「一九、六三九、六〇四円」と各訂正し、同四行目の「事実」の次に「および三の(三)の事実中本件事業年度期首の繰越欠損金額が原告主張のとおりであること」を加え、同一一枚目表六行目「溶解報告書」を「溶解報告書」と、同一二枚目表七行目の「鋼屑」を「鋼材」と、別表一の項目2(7)の摘要欄「ロ、鋼材」を「ロ、鋼屑」と、別表二の項目最下段の「原告計上棚卸」を「原告計上期末棚卸」と各訂正する。

二、控訴人の追加主張

(一)  旧法人税法(以下単に法という)二五条九項後段は、その文理解釈からだけでなく、青色申告承認取消処分の性質と理由附記を命じた法の趣旨、目的から検討しても、該当条項の記載のみを要求したものと解する。すなわち、青色申告の承認は、同法二五条五項に定める却下事由に該当しない限り承認されるもので、右承認により直ちに青色申告法人としての特典を享受できるものではなく、右法人が所定の帳簿書類を備え、当該事業年度を通じ所得の基因となる取引事実のすべてを漏れなく、しかも複式簿記の原則に従い組織的かつ継続的に、また整然かつ明瞭に記載し、その記録したところに基づき決算整理を行い、貸借対照表および損益計算書を作成し、これに基づいた確定申告をしてはじめて青色申告の特典を享受できるのである。

そして、青色申告承認の取消処分は、青色申告法人に期待した帳簿書類の信頼性と誠実性が欠けている場合に、これを確認する意味でなされるものであるから、右取消処分は一たん与えた特典を将来に亘つて剥奪するものでもなければ、制裁的機能を有するものでもない。

したがつて、青色申告承認の取消は、誠実かつ信頼性のある帳簿書類を完備、記録していない納税者に対し、その信頼性、誠実性の欠如を示す該当条項を附記すれば足りるものとしており、個々の科目や数額をその帳簿書類に直接関連させながら、遂一克明に摘示しなければならない必要性は全くないのである。

この点、青色申告に対する更正処分は、その帳簿書類の誠実性、信頼性のうえにたつて、実体的な数額の計算や科目の誤りなどを指摘するのであるから、その算定の根拠を理由附記とし具体的に明示しなければならないとしているのである。

このように、青色申告承認の取消処分は更正処分とその性質を異にしているばかりでなく、これが理由附記の必要性と趣旨も異なるものであるから、その取消理由は法律がその誠実性、信頼性の欠如を予測し得るものとして定めた事由を概括的、類型的に示せば足り、かつこれによつて取消処分の公正を担保するに欠けるところはないのである。

(二)  また、青色申告承認の取消事由は、法二五条八項一号ないし五号で類型的に明文化されているが、複式簿記の原則に従い帳簿書類を整理するに必要な会計処理能力を有している青色申告法人にとつては、これらの各号該当の取消事由がいかなる意味内容を有するかを認識し得る程度に明確なものである。

しかも、実務上の通例として、取消処分にいたるまでの税務調査の過程で、当該法人の責任者と税務調査担当官との間に交される質問、弁明、論議等を通じていかなる帳簿書類にいかなる不備、不正が存するかが明らかにされるのである。そうだとすれば、これら一般的な税務調査が行われた結果、承認取消の通知が発せられるものである以上、当該法人はそこに記載されている取消事由の該当番号をみれば、いかなる判定に基づき当該青色申告承認を取消すにいたつたかを了知することができるのである。

本件の場合も、被控訴人は原材料の使用数量を故意に増額記帳して期末棚卸材料の除外を行い、また取引先の訴外大銑産業株式会社に依頼して、実際には仕入れていない鋳造用材料を仕入れたように仮装して架空の仕入額を計上したもので、いかなる具体的理由で本件取消処分がなされたかは、被控訴人の十二分に了知しているところであるから、右取消通知書に該当番号のみを記載しても、法の要求する附記の要件を充しているものというべきで、何らの違法はない。

(三)  仮に、本件承認取消処分の通知書に理由附記の不備があつたとしても、右処分に対する審査請求についてなされた決定通知書において、次のとおり具体的に理由が附記されているから、これによつて右瑕疵は治癒されたものというべきである。

すなわち、審査決定通知書には「多額の架空仕入を計上し、また決算において棚卸の脱漏があり、帳簿書類の記載事項の全体についてその真実性を疑うに足りる不実の記載がある」旨明記されているのである。

なお、附言するならば、承認取消処分の通知書の理由附記に不備な点があつたとしても、異議申立ないし審査請求に対する審理において、新たな主張や資料に基づきさらに検討が加えられた結果、十分な理由を附記した決定、裁決がなされれば、訴訟において、理由不備の形式的瑕疵のゆえをもつて原処分を取消し、改めて理由の附記をさせる必要はないのである。けだし、裁決等の理由附記がととのつておれば、処分の相手方はそれによつて訴を提起するか否かを適切に判断することができるし、他面、直近上級行政庁である裁決庁が十分な理由を附した判断を示している以上、原処分庁に改めて理由を附記させてみても結局右判断と同様の内容となるから、わざわざ原処分のやり直しをさせるまでの必要は全く存しないのである。

三、被控訴人の反論

控訴人の右追加主張はすべて争う。すなわち

(一)  青色申告の承認があつた場合には、それが取消されるまでは、その承認の効力が存続することは当然であるから、その効力を受けている納税義務者は、そうでないいわゆる白色申告書の場合に比べて、申告書に記載すべき課税標準等の計算について有利な規定によることができたり、更正処分を受ける場合も必ず帳簿書類を調査しなければならない上、その通知書に更正理由の附記を要するものとされるなど、手続的に厳格な取扱を受けることができるのである。

そして、右承認が取消されると、いわば解除条件の成就があつた場合と同様に、その取消事由があると認められた時点までさかのぼつてこれら特典の享受を受けることができなくなつて了うのである。

したがつて、青色申告承認の取消処分は、一たん与えた特典を剥奮するものであり、これにより特典を受けている場合に比して課税標準の計算に当り不利益な取扱いを受けるほか、その他課税および納税手続に関しても優遇や制度上の保証等を受けられないことになるから、その実質において制裁的機能を有するものである。

(二)  青色申告承認の取消事由とされる法二五条八項一号ないし五号は、いずれも具体性に乏しく概括的にしか規定されていないので(特に三号が最も著しい)、単に右番号を掲記されただけでは、当該法人はその取消処分の原因となつた具体的事実を当然了知し得るものではない。

また、税務調査の過程で帳簿書類の点検がなされて、不実の記載などが指摘されるとしても、それはあくまでも調査段階でのことに過ぎず、調査担当官の表明した意見と処分庁の最終的判断とが必ずしも一致するとは限らないし、まして、税務署長が青色申告承認の取消処分を非公開の通達基準に基づいて処理している実態に徴すれば、現実になされた取消処分がどのような事実と判断によるのかを被処分者が了知することは到底不可能である。

そして、仮に被処分者が取消事由とされた具体的事実を何らかの方法で了知しえたとしても、これでは処分庁の判断の慎重、合理性を担保し、その恣意を抑制しようとする理由附記の趣旨を充たすものではない。法が理由附記を命じているのは処分の通知書自体に理由の附記を要するとしているのである。

なお、被控訴人が本件取消処分の具体的理由を了知したのは、本訴において控訴人がその処分理由を主張した時である。

(三)  前述のとおり取消処分の理由附記は処分通知書自体に記載しなければ意味がなく、後日不服申立に対する決定等において、具体的理由を明示しても法の趣旨を充たすものではない。追完を許すとすれば、却つて当初の処分に附記すべき内容が等閑視されたり、故意に簡略化される危険もある上、当初の処分とは別の理由を追加することもできることになつて、理由附記を要するとする法の趣旨は全く没却されてしまうのである。

仮に、理由附記の不備が審査請求についての決定通知書の記載により治癒されるとしても、本件における審査決定通知書記載の理由は極めて抽象的で具体制に乏しいから、これによつて原処分の理由不備の瑕疵は治癒されるものではない。

四、証拠

(一)  被控訴人

甲第一二号証の一ないし三、第一三号証、第一四、一五号証の各一、二、第一六号証の一ないし四、第一七ないし第一九号証提出。

(二)  控訴人

甲第一九号証の成立は不知、その余の前記甲号各証の成立は認める。

理由

一、当裁判所も、被控訴人の本件行政処分取消請求は正当として認容すべきであると判断するものであつて、その理由は次に付加するほか、原判決理由説示のとおりである(原判決一七枚目表末行の「違法である」から同裏一行目の「解されるから、」までを「違法として取消されるべきものであるから、原告の本件確定申告は青申承認を受けている会社の申告ということになる。したがつて、」と改める)から、これを引用する。

(一)  控訴人は、青色申告承認の取消処分は青色申告者に期待した帳簿書類の信頼性、誠実性の欠如を確認するに過ぎず(一種の確認処分)、特典の剥奪という制裁的機能を有するものではない。旨主張する。

しかし、青色申告制度は、納税者に所定の帳簿書類の備え付けと適正な記帳を義務づけている反面、推計課税の禁止、更正の手続、方法の制限など所得計算上および納税手続上種々の特典が与えられているのである。そして、この承認が取消されると、一たん与えられた右の特典が将来にわたつて全部剥奮されるのであるから、右取消処分は一時的な不利益を与えるに過ぎない更正処分に比し、より大きな不利益処分であるといわなければならない。

したがつて、この意味からしても、本件取消処分の通知書には、取消の事由として単に該当条項を記載するだけでは足りず、承認取消の基因となつた事実をも具体的に摘示すべきである、とするのが、理由附記を命じた法の趣旨(行政庁の判断の慎重、合理性を担保してその恣意を抑制し、相手方に理由を知らせ、不服申立の便宜を与えること)に合致するものと解するから、控訴人の右主張は採用できない。

(二)  次に、控訴人は、青色申告承認の取消事由は法二五条八項一号ないし五号で類型的に明示されているから、該当番号を附記するだけで納税者はその取消事由を十分認識できる、と主張するが、取消の基因となつた事実が右各号のいずれに該当するかを示されただけでは、相手方においていかなる事由により取消されたのか明確に知ることが困難であり、特に同条項三号の規定(本件はこれに該当する)は、最も概括的で具体制に乏しいから、該当番号の附記だけではどの帳簿書類にどのような不実記載があつたとされたのか全く不明であつて、これにより相手方が取消の具体的理由を了知することはほとんど不可能である。

したがつて、単に該当番号のみ記載すれば足りるとする控訴人の見解は、前記法の趣旨、特に相手方に取消の理由を知らせて不服申立の便宜を与えるという趣旨を没却するものといわざるをえない。

また、控訴人は、右取消事由は税務調査の過程で明らかにされるのが通例であり、本件の場合も、被控訴人は承認取消の具体的事由を了知していたから、処分通知書に取消の基因となつた事実まで記載する必要はない、旨主張する。

しかし、表示のような青色申告承認取消処分の性質および右処分に理由を附記せしめるのは、単に相手方にこれを知らせるだけでなく、処分庁の判断の慎重、合理性を担保する趣旨も含むものであるから、これに徴すると、取消の理由は取消通知書の記載自体において明らかにされていなければならないのであつて、たまたま相手方がその理由を了知できたか否かにかかわりないものと解するのが相当である。

したがつて、この点の控訴人の主張も理由がない。

(三)  さらに、控訴人は、本件取消処分に対する審査請求についてなされた決定通知書において具体的理由が附記されたことにより、原処分の理由附記の不備は治癒された、と主張する。

しかし、処分庁と異なる機関の行為により附記理由不備の瑕疵が治癒されるとすれば、処分庁の税務行政はそれだけ安易に流れる可能性を生じ、処分そのものの慎重、合理性を確保するという理由附記の趣旨、目的にそわないばかりでなく、処分の相手方としても、審査裁決によつてはじめて具体的根拠を知らされたのでは、それ以前の審査手続において十分な不服理由を主張することができないという不利益を免れないのである。

したがつて、本件取消処分の附記理由不備の瑕疵は、たとえ後日これに対する審査決定通知書において処分の具体的根拠が明らかにされたとしても、それにより治癒されるものではないと解すべきであり、しかも本件通知書に控訴人主張のような記載があつたとしても、具体的事実を掲げたものとは認めがたく、理由附記を求めた法の趣旨にそわないから、控訴人の右主張も採用できない。

二、以上の次第で、これと同旨の原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないから棄却することとし、民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 辻川利正 裁判官 永岡正毅 裁判官 熊谷絢子)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例